両親の結婚式を自分の目で見たことは無いけれど、当時の"今"を切り取っていた
フィルムカメラのアナログ写真は僕に親の一世一代の晴れ姿を見させてくれた。
僕が漠然と写真を好きになったのは、過去への遊歩行、当時の"今"を
未来で見られるズルさに惹かれたからかもしれない。
それから数十年が経ち、記憶を記録する
媒体はカメラからスマートフォンに移り変わり、
今を未来で思い出すツールはフォトアルバムから
SNSに移り変わった。
鍵のある家の奥底にしまっておくようなアルバムから、
第三者に解放し続けている社会への自己紹介の場へ
写った写真たちは、自分の写真ながら
どこか客観性に帯びている。
そんな考えが膨らんでいく中で一組の夫婦から
今回のアルバム作成の依頼を受けた。
当初、結婚式場に併設する2人の自己紹介の
一部として作成予定だったが、2人の写真を
撮り続けていく中で、それ以上のモノとして
のこしたい、という思いが強くなっていった。
2人を写している時にふと、この作品を通して
作成者、撮影者ははあくまで僕ながら、
2人が体を抜け出して自身を俯瞰して
撮影しているかのような"客観的な自分自身"を
映し出して残せないか。そんな事を考えはじめた。
2人がこれからの将来、この冊子を読み返したときに2022年の自分達を
いつか客観的ではなく、自分のことのようにすぐに思い出せる。
そんな時間を作れていたら、今回のトライはそのときに
大成功になるんだろうなと感じている。
構想10ヶ月。撮影回数も10回弱。
当日仕上がりが当たり前の社会で真逆の納期。
それでもその分、時間をかけられた事で
本という二次元物の中に時間という
三次元の何かを詰め込めたものになりました。
これは未来へのタイムカプセル。
過去へのタイムマシーン。
これからの2人が、今の自分を見て
"こんなご時世"と呼ばれる時期の話を
先の時間で話してもらえるような一冊に
できていたら幸いです。
そして、今回の作成を経て本格的に活動を始めようと思います。 この文章を読んでくれて、写真を見てくれて、すこしでも 何かを感じてくれた方がいたらぜひご連絡ください。 何も準備するものはないですが、少しだけ必要なものがあります。 ・今の記憶を未来の記録として残したいと思っていること ・時間をかけられること ・この先に見せたい誰かへの気持ちがあること この作品もそうですが、時間をかけることで撮れる景色が何色も 増えていることを実感しました。何かに急ぐのではなく ゆっくり、じっくりとフィルム映画を見るわずらわしさのように 共作したいなと思っています。 あくまでも、自分自身のために。そしてその先で誰かのためになる。
そんなような作品にしたいと思っておりますので、
興味本位になんでもいつでもどこでも。
ぜひご興味あればご連絡ください。
奈良遼太郎 | RN
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